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千葉地方裁判所 平成8年(ワ)2082号 判決

原告

稗田恭子

ほか一名

被告

松本謙市・千葉県

主文

一  平成八年(ワ)第二〇八二号事件について

1  被告松本謙市は、原告ら各自に対し、各一〇六三万四七四九円及びこれに対する平成七年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。(後記二1と連帯)

2  被告松本謙市は、原告ら各自に対し、各七五万円を支払え。(後記二2と連帯)

3  原告らの被告松本謙市に対するその余の請求を棄却する。

二  平成一〇年(ワ)第五九号事件について

1  被告千葉県は、原告ら各自に対し、各二七八五万五四〇八円及びこれに対する平成七年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告千葉県は、原告ら各自に対し、各一二五万円を支払え。

3  原告らの被告千葉県に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、平成八年(ワ)第二〇八二号事件原告ら・平成一〇年(ワ)第五九号事件原告らに生じた分はこれを一〇分し、その三を平成八年(ワ)第二〇八二号事件被告松本謙市の負担とし、その五を平成一〇年(ワ)第五九号事件被告千葉県の負担とし、その余を原告らの負担とし、平成八年(ワ)第二〇八二号事件被告松本謙市に生じた分はこれを三分しその一を同被告の負担とし、その余を原告らの負担とし、平成一〇年(ワ)第五九号事件被告千葉県に生じた分はこれを五分し、その四を同被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決の第一項1及び2、第二項1及び2は仮に執行することができる。

五  被告千葉県において原告らの各自に対し各五〇〇万円の担保を供するときは、前項の仮執行を免れることができる。

事実及び理由

第一請求

一  平成八年(ワ)第二〇八二号事件

被告松本謙市は、原告ら各自に対し、各三八五〇万円及び内三五〇〇万円に対する平成七年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  平成一〇年(ワ)第五九号事件

被告千葉県は、原告ら各自に対し、各三八五〇万円及び内三五〇〇万円に対する平成七年四月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二当事者の主張

一  原告らの主張

1  原告稗田恭子の亡夫であり原告稗田健也の亡夫である松橋茂俊(昭和四〇年一月生)は、次の交通事故(本件交通事故)により死亡した。

発生年月日 平成七年四月三日午前四時五五分ころ

発生場所 千葉県船橋市三山八丁目四〇番一二号先交差点(本件交差点)

加害車 被告(加害者)運転の普通貨物自動車

被害車 松橋茂俊(被害者)運転の普通乗用自動車

事故態様 被害車が本件交差点を習志野市大久保方面から東習志野方面に向けて黄色点滅信号に従い時速約四二キロメートルないし四五キロメートルで走行していたところ、同じく黄色点滅信号に従って交差道路から本件交差点内に進入してきた加害車がその右前部を被害車の左前部に激突させ、その衝撃により被害車は大きくはね飛ばされ、被害者は車外に放り出された。

2  本件交通事故により、被害者は頭部裂創の傷害を受け、船橋市立医療センター及び千葉徳洲会病院に運ばれたが、出血多量によりまもなく死亡した。

3  被告らの責任

(一) 被告松本謙市の責任

被告松本謙市は加害車を自己のため運行の用に供していた。また、被告松本謙市には本件交差点に進入するに際し徐行義務を怠った過失がある。

(二) 被告千葉県の責任

本件事故当時、本件交差点の信号はすべて黄色点滅であった。その結果、被害車及び加害車は、ともにこれに従って同時に本件交差点内に進入し、本件事故を発生させたものである。被告千葉県は公の営造物たる信号機の信号の設置及び管理に瑕疵があったものというべきであり、国家賠償法二条一項により、被告松本謙市と連帯して(不真正連帯)被害者に対しその損害を賠償すべきである。

4  損害

(一) 治療費 三九万二四〇〇円

(1) 船橋市立医療センター 六万七八〇〇円

(2) 千葉徳洲会病院 三二万四六〇〇円

(二) 逸失利益 七三六九万六六五一円

被害者は本件事故当時三〇歳の男子であり、その年収は五一〇万四四三一円であったから、その逸失利益は、ホフマン方式により計算すると、七三六九万六六五一円となる(五一〇万四四三一円×〇・七×二〇・六二五四)。

(三) 慰謝料 三〇〇〇万円

(四) 既払額 三〇三九万二四八〇円

(五) 差引残額 七三六九万六五七一円

(内七〇〇〇万円を本訴で請求する。)

(六) 弁護士費用 七〇〇万円

(七) 以上合計請求額 七七〇〇万円

5  原告稗田恭子は被害者の妻であり、原告稗田健也は被害者の子であって、被害者の右損害賠償請求権の二分の一ずつを相続した。なお、原告稗田恭子(旧姓松橋)はその後平成八年九月に夫稗田淳と婚姻し、原告稗田健也(旧姓松橋)は同人の養子となった。

6  よって、原告ら各自は、被告らに対し、各三八五〇万円(内三五〇万円が弁護士費用)ずつの支払いを求める。

二  被告松本謙市の主張

1  本件事故発生の最大の原因は、本件事故当時本件交差点の信号がすべて黄色点滅であったことであり、この黄色点滅信号に従って本件交差点に進入した加害車に過失はない。

2  本件事故の発生については、被害者にも徐行義務を怠った過失がある。その割合は五〇対五〇である。

3  損害額を争う。

三  被告千葉県の主張

1  本件交差点のすべての信号が本件事故発生当時黄色点滅であったことは認める。

2  しかし、それをもって、公の営造物たる信号機の信号の管理に瑕疵があったものということはできない。なぜなら、交差点の一方の道路の信号が黄色点滅である場合に交差する他方の道路の信号を赤色点滅としなければならない法令上の規定は全く存しないからである。

3  仮に、被告千葉県に信号機の信号の管理に瑕疵があったとしても、本件交差点のすべての信号が黄色点滅であったことと本件事故発生との間に相当因果関係はない。すなわち、黄色点滅信号は、「歩行者及び車両等は、他の交通に注意して進行することができること」を意味するにすぎず、したがって、被害車及び加害車は、ともに他の交通に注意して進行しなければならなかったのである。しかるところ、本件交差点は交通整理の行われていない交差点であり、かつ、見通しの悪い交差点であったのであるから、被害車及び加害車は本件交差点に進入するに際しともに徐行義務があったのであり(道路交通法四二条一号)、本件事故は、双方がこの徐行義務の履行を怠ったために発生したものである。そうとすれば、本件交差点のすべての信号が黄色点滅であったことと本件事故発生との間には相当因果関係がないものというべきである。

第三当裁判所の判断

一  証拠(甲一ないし四、一一ないし一七、一八の1、2、一九の1ないし3、二〇ないし四三、被告松本謙市)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1(一)  被告松本謙市は、平成七年四月三日午前四時五五分ころ、普通貨物自動車(加害車)を運転して、県道千葉鎌ケ谷松戸線を国道二九六号線方面から習志野市実籾方面に向かい時速約五九キロメートルで走行中(制限速度毎時四〇キロメートル)、千葉県船橋市三山八丁目四〇番一二号先の見通しの悪い十字路交差点(本件交差点)に差しかかり、対面する信号機の表示する信号が黄色点滅であることを認めたが、減速することなくそのままの速度で本件交差点内に進入したところ、おりから交差する通称マラソン道路を習志野市大久保方面から千葉市花見川区方面に向けて時速約四二キロメートルないし四五キロメートルで進行してきて(制限速度毎時四〇キロメートル)本件交差点の対面する信号機の黄色点滅信号に従い本件交差点内に進入してきた被害者松橋茂俊(昭和四〇年一月生)運転の普通乗用自動車と出合頭に衝突し、加害車の右前部を被害車の左前部に衝突させ、その衝撃により被害車をはね飛ばし、被害者をしてそのリアガラスを突き破って車外に放り出させ、路面に全身を強打させた(本件交通事故)。

(二)  一方、被害者松橋茂俊は、被害車を運転して、通称マラソン道路を習志野市大久保方面から千葉市花見川区方面に向かい時速約四二キロメートルないし四五キロメートルで走行中、本件交差点に差しかかり、対面する信号機の表示する信号が黄色点滅であることを認めたが、減速することなくそのままの速度で本件交差点内に進入したところ、おりから交差する県道千葉鎌ケ谷松戸線を国道二九六号線方面から習志野市実籾方面に向けて時速約五九キロメートルで走行してきて本件交差点の対面する信号機の黄色点滅信号に従い本件交差点内に進入してきた被告松本謙市運転の普通貨物自動車と出合頭に衝突し、被害車の左前部を加害車の右前部に衝突させ、その衝撃により被害車ははね飛ばされ、被害者は車外に放り出されて路面に全身を強打した(本件交通事故)。

(三)  本件交通事故により、被害者は頭部裂創の傷害を受け、船橋市立医療センター及び千葉徳洲会病院に運ばれたが、出血多量により同日午前七時五〇分ころ死亡するに至った。

(四)  本件交差点は、主道路たる県道千葉鎌ケ谷松戸線と従道路たる通称マラソン道路とが交わる左右の見通しのきかない交差点であり、主道路は歩車道の区別ある道路でその全幅員は約一一・四メートル、車道幅員は約六・八メートル、従道路は歩車道の区別ある道路でその全幅員は約一九・九メートル、車道幅員は約八・九メートルであって、従道路はゆるやかに右にカーブして本件交差点に至っており、それらのおおよその状況は、別紙「交通事故現場見取図」のとおりである。

本件事故当時は未だ薄暗く、被告松本謙市の運転する加害車はヘッドライトをつけていた。

2(一)  本件交差点に設置してある車両用信号機(本件信号機)と歩行者用信号機は、千葉県公安委員会が管理するものであり(道路交通法四条一項)、これらは、本件交差点の隅に設置されている地点感応式交通信号制御機(本件交通信号制御機)によって制御されている。

(二)  ところで、本件事故より約三年前の平成四年三月一四日、本件信号機の一つが交通事故により損壊され、船橋東警察署の委託により中村電設株式会社がその修復工事にあたったが、その際、代表者中村芳造らは、本件交通信号制御機内に取り付けられていたPROカード(本件信号機等の灯火を制御するプログラムを設定した基板)を交換するにあたり、そのPROカードの閃光プログラムが過って主道路(県道千葉鎌ケ谷松戸線)を黄色点滅信号とする場合に従道路(通称マラソン道路)をも黄色点滅信号とするように設定されている(すなわち主道路の黄色点滅1Yと従道路の黄色点滅2Yとにそれぞれダイオードがハンダ付けされている)PROカード(本件PROカード)を取り付け、しかも、その取付け後に実際に信号の閃光(点滅)動作を行ってそれを確認する作業を怠ったため、そのハンダ付けの誤りに気付かず、その結果、以後、本件信号機の信号はそのような誤った内容がプログラムされた本件PROカードによって制御されることとなった。なお、本件PROカードの閃光プログラムにおける誤ったハンダ付けは中村電設株式会社の社員によってなされたものであった。

船橋東警察署、千葉県公安委員会及び被告千葉県もこれに気が付かなかった。

(三)  本件交通信号制御機にはタイムスイッチが収納されており、「自動動作」時、このタイムスイッチの二四時間目盛板に四種類の爪を付けることによって四種類の信号パタン(P1、P2、P3、F)を選択できるようになっており、Fパタン(閃光動作状態)以外の三つのパタンは、本件交差点に本件交通信号制御機によって制御される五種類の信号機(主道路歩行者用信号、主道路車両用信号、従道路歩行者用信号、従道路車両用信号、従道路車両用右折可矢印信号)が設置されていることから、いずれも一周期が一四階梯で構成されており、例えば、午後九時から翌朝午前六時までのパタンはP1パタンであって、その場合には、車両用信号についていえば、主道路の車両用信号の青信号が三二秒、黄信号が三秒、全赤信号が二秒、その後、従道路の車両用信号が青信号に変わってこれが三〇秒続き、黄信号が三秒、全赤信号が五秒(ただし、この間、従道路の車両用右折可矢印信号が点灯)、その後再び従道路の車両用信号が黄色となってこれが三秒続き、全赤信号二秒の後に、再度、主道路の車両用信号が青信号となるというものであった。本件信号機の信号は、一日二四時間、右P1、P2、P3のパタンのいずれかになるように設定されており、Fパタン(閃光動作状態)になるようには設定されていなかった。(甲一九の3)

また、本件信号機の信号は、「自動動作」のほかに「手動動作」とすることもでき、手動動作の一つに閃光動作がある。

しかし、「自動動作」中においても、もし何らかの原因によりタイムスイッチに取り付けられた二つの回路スイッチがともに「閉」の状態となったときには(例えば、一つの回路スイッチが「閉」から「開」の状態になるべきところ何らかの原因でスイッチが溶着したまま「開」とならず「閉」のままとなり、他の回路スイッチは正常に動いて「開」から「閉」の状態になったときには、二つの回路スイッチはともに「閉」の状態となることとなり、その場合には)、Fパタンを選択したと同じ状態となって、本件信号機の信号は閃光動作状態に移るものであり、また、何らかの原因によって主道路の車両用信号と従道路の車両用信号がともに青信号を表示し、あるいは、何らかの原因によって本件信号機の一つの信号の表示時間が異常に長くなった場合には、自動的に閃光動作状態に移るようにプログラム設定されていた。

そして、その閃光動作状態に移った場合には、閃光プログラムが働き、予め設定された閃光プログラムに従って閃光(点滅)を開始するのであるが、本件PROカードの閃光プログラムは、本来、主道路の信号を黄色点滅とし従道路の信号を赤色点滅とするようにプログラム設定されなければならないのに(すなわち、本件PROカードの閃光プログラムの主道路黄色点滅1Yと従道路赤色点滅2Rにそれぞれダイオードがハンダ付けされなければならないのに)、過って、主道路を黄色点滅としつつ従道路をも黄色点滅とするようにプログラム設定されていたため(すなわち、主道路黄色点滅1Yと従道路黄色点滅2Yとにそれぞれダイオードがハンダ付けされていたため)、本件信号機の信号が何らかの原因によって閃光動作状態に移った場合には、主道路(県道千葉鎌ケ谷松戸線)及び従道路(通称マラソン道路)ともに黄色点滅信号となることとなった。

(四)  平成七年三月二七日午前六時八分ころ本件信号機の信号が主道路及び従道路ともに黄色点滅であるとの通報を受けて同日午前六時二五分ころ本件交差点に臨場した船橋東警察署警察官は、本件信号機の信号がすべて黄色点滅であることを確認し、本署を通じて同日午前六時三〇分ころ株式会社大野信号設備工業にその修復工事を依頼した。

警察官は、その後、本件交通信号制御機内に備え付けられているマニュアルにより信号の復旧を試みたが果たせず、そのため、株式会社大野信号設備工業に直接電話をして社員の大野秋雄と話をし、その教示に従って、タイムスイッチに取り付けられた前記二四時間目盛板を回転させるなどしたところ、同日午前七時ころ信号が復旧し、その後約一五分間ほどこれを確認したが、特に異常が認められなかったため、その旨を本署に報告して、本件交差点を立ち去った。(甲二二)

株式会社大野信号設備工業の社員大野秋雄は、同日午前八時過ぎころ本件交差点に到ったが、既に本件信号機の信号は復旧しており、警察官もいなかったため、本件交通信号制御機内のモニター部分とタイムスイッチの二四時間目盛板に取り付けられている前記の爪を確認しただけで、特に信号故障の原因について調査することなく、また、本件PROカードを点検することもなく、そのまま帰社した。そのため、本件PROカードの閃光プログラムの前記ハンダ付けの誤りには気が付かなかった。(甲二五、二六)

(五)  本件事故当日の平成七年四月三日午前四時四五分ころ、牛乳卸売業佐藤ハヤが本件交差点を自動車を運転して通過した際、本件信号機は正常に作動していた。(甲二三)

しかし、その直後、本件信号機の信号は何らかの原因により閃光動作状態に移行し、本件PROカードの閃光プログラムの前記ハンダ付けの誤りから、主道路及び従道路ともに黄色点滅信号となり、そのため、同日午前四時五五分ころ本件事故が発生した。本件事故により本件信号機の一つが取り付けられている信号柱が折損した。

本件事故発生の通報を受けて本件交差点に臨場した警察官は、同日午前五時一五分ころ、本件信号機の内の残る三つの信号機の信号が黄色点滅をしているのを確認した。(甲二〇)

(六)  約三年が経ち、平成一〇年三月三一日、千葉区検察庁は、本件交差点における主道路と従道路の各信号がともに黄色点滅となったことについて捜査を遂げ、前記中村芳造を被告人として被告松本謙市に対する業務上過失傷害罪、被害者松橋茂俊に対する業務上過失致死罪で略式起訴し、千葉簡易裁判所は、同日、被告人中村芳造を罰金五〇万円に処した。(甲一一)

以上の事実が認められる。

二  判断

1  被告松本謙市及び被害者松橋茂俊の各過失及び過失相殺について

(一) 道路を通行する車両は信号機の表示する信号に従わなければならず(道路交通法七条)、黄色点滅信号は「歩行者及び車両等は、他の交通に注意して進行することができること」を意味するものである(道路交通法四条四項、道路交通法施行令二条一項)。そして、双方黄色点滅信号の交差点は、道路交通法上、交通整理の行われていない交差点にあたるものと解すべきである(最高裁昭和四四年五月二二日第一小法廷決定参照)。そうとすれば、本件交差点は左右の見通しの悪い交差点であったのであるから、道路交通法四二条一号により、被告松本謙市及び被害者はともに本件交差点に入ろうとするに際し徐行すべき義務があったものというべきである。

(二) しかるに、前記認定のとおり、被告松本謙市は、加害車を運転して時速約五九キロメートルで走行中(制限速度毎時四〇キロメートル)、本件交差点に差しかかり、本件信号機の表示が黄色点滅信号であることを認めたが、減速することなくそのままの速度で本件交差点内に進入したものであり、他方、被害者も、被害車を運転して時速約四二キロメートルないし四五キロメートルで走行中(制限速度毎時四〇キロメートル)、本件交差点に差しかかり、本件信号機の表示が黄色点滅信号であることを認めたが、減速することなくそのままの速度で本件交差点内に進入したものである。そして、車両は出合頭に衝突した(本件事故)。

(三) そうとすれば、本件事故は、双方がその徐行義務の履行を怠ったことによって発生したものというべきであり、その過失割合は、双方の速度や速度違反の程度、前記車道の幅員等を考慮すると、被告松本謙市六〇パーセント、被害者松橋茂俊四〇パーセントと認めるのが相当である。

被告松本謙市の過失相殺主張は右の限度において採用することができる。

2  被告千葉県の本件信号機の信号に対する管理の瑕疵について

(一) 前記認定のとおり、〈1〉本件交通信号制御機内に取り付けられていた本件PROカードの閃光プログラムは、平成四年三月一四日以降、主道路及び従道路をともに黄色点滅信号とする誤ったものであったこと、〈2〉本件信号機を管理する千葉県公安委員会も被告千葉県もこれに気付かなかったこと、〈3〉本件事故の一週間前である平成七年三月二七日に船橋東警察署は通報により本件信号機の信号が主道路及び従道路ともにすべて黄色点滅信号であることを知り、株式会社大野信号設備工業に修復工事を依頼したこと、〈4〉しかし、船橋東警察署は、それがどのような原因によって生じたかを調査せず、また、調査させなかったため、本件PROカードの閃光プログラムが主道路及び従道路をともに黄色点滅信号とするように誤ってプログラム設定されていることを知るに至らなかったこと、が認められ、これらによれば、被告千葉県の本件信号機の信号の管理には国家賠償法二条一項にいう「瑕疵」があったものというべきである。

そして、本件事故はその瑕疵を原因として発生したものと認められるから、そうとすれば、被告千葉県は本件事故によって被害者松橋茂俊が被った損害を賠償すべきである。

(二) これに対して、被告千葉県は、前記のとおり、「たとえ、本件交差点の信号が主道路及び従道路ともにすべて黄色点滅であったとしても、交差点の一方の道路の信号が黄色点滅である場合に交差する他方の道路の信号が赤色点滅でなければならないという法令上の規定は全くないから、それをもって、本件信号機の信号の管理に瑕疵があったということはできない。」旨を主張する。

(三) しかし、仮に、被告千葉県の主張のとおり、交差点の一方の道路の信号が黄色点滅である場合に交差する他方の道路の信号が赤色点滅でなければならないという法令上の規定はないとしても、それだからといって、交差点の一方の道路の信号を黄色点滅としつつ他方の道路の信号をも黄色点滅とすることに瑕疵がなかったということはできない。結局は、黄色点滅信号のもつ意味や当該交差点の状況を考慮して、当該交差点の主道路及び従道路をともに黄色点滅信号とすることが相当であるか否か、すなわち、そのような信号の状態がその信号の通常有すべき安全性を備えているといえるか否か、に帰着するものと考えられる。

(四) そこで、検討するに、黄色点滅信号は、前記のとおり、「歩行者及び車両等は、他の交通に注意して進行することができること」を意味するものであり、また、赤色点滅信号は、「車両等は、停止位置において一時停止しなければならないこと」を意味するものである。

本件交差点の状況についてみると、前記のとおり、本件交差点は、主道路たる県道千葉鎌ケ谷松戸線と従道路たる通称マラソン道路とが交わる大きな交差点であり、主道路の全幅員は約一一・四メートル、車道幅員は約六・八メートル、従道路の全幅員は約一九・九メートル、車道幅員は約八・九メートルであって、従道路はゆるやかに右にカーブして本件交差点に至っており、本件交差点の交通量は多いものである。(甲一四)

そして、我が国においてはその大部分交差点において一方の道路の信号が黄色点滅である場合には交差する他方の道路の信号は赤色点滅とされており、本件交差点においても、もともと中村電設株式会社は主道路を黄色点滅とし従道路を赤色点滅とするようにプログラム設定されたPROカードを本件交通信号制御機に取り付けるつもりであったのに、過って主道路及び従道路をともに黄色点滅信号とする本件PROカードを取り付けてしまったものである。すなわち、本件交差点の信号は、もともとは、主道路及び従道路をともに黄色点滅信号とするようには考えられていなかったのである。

そして、交差点の双方の道路をともに黄色点滅信号とすると、双方において「他の交通に注意して進行することができること」となって、それは、たとえ双方黄色点滅信号の交差点が交通整理の行われていない交差点と解され、そのため、車両が交差点に進入するに際しては道路交通法によって種々の注意義務が課せられるとしても、何ら信号機の設置されていない交差点に比べてかえって危険な状態となるのである。

以上の点を総合考慮すると、本件交差点において主道路及び従道路をともに黄色点滅信号とすることは相当でないというべきであって、一方の道路の信号を黄色点滅とする以上、他方の道路の信号をも赤色点滅とすべきである。そうとすれば、本件交差点の主道路及び従道路の信号をともに黄色点滅とした被告千葉県の管理には本件交差点の信号が通常有すべき安全性を欠いていたものとして国家賠償法二条一項にいう「瑕疵」があったものというべきである。現に、前記中村芳造もこれを認めて略式命令を受けており、船橋東警察署も千葉区検察庁もこれを当然の前提としているのである。

被告千葉県の前記主張は採用することができない。

3  相当因果関係について

(一) 被告千葉県は、「仮に本件信号機の信号の管理に瑕疵があったとしても、それと本件事故の発生との間には相当因果関係がない。すなわち、被害車及び加害車はともに本件交差点を他の交通に注意して進行しなければならなかったのであり、本件交差点は交通整理の行われていない交差点であって、見通しの悪い交差点であったのであるから、双方に徐行義務が発生していた。しかるに、被害者及び加害者の双方がともにこの徐行義務の履行を怠ったために本件交通事故が発生したのであるから、本件信号機の信号の管理に瑕疵があったことと本件事故の発生との間には相当因果関係がないというべきである。」旨を主張する。

(二) しかし、前記のとおり、我が国においては大部分の交差点においてその一方の道路の信号が黄色点滅である場合には交差する他方の道路の信号は赤色点滅となっており、したがって、自動車運転者においては、自己の進行道路の対面信号が黄色点滅である場合には交差する他方の道路の信号が赤色点滅であると期待ないしは信頼することができ、そうとすれば、そのような信頼に基づいた運転をしたために交通事故が発生した場合には、その行為と交通事故との間には相当因果関係があるものというべきである。

本件においても、加害者及び被害者はともに対面信号が黄色点滅であることから相互に交差する他方道路の信号が赤色点滅であると考えて速度を落とすことなくそのまま本件交差点に進入したものと推認され、そうとすれば、そのように考えることが許されない特段の事情の認められない本件においては、本件交差点の主道路及び従道路の信号がともに黄色点滅であったことと本件事故発生との間には相当因果関係があるものというべきである。

被告のこの点に関する主張も採用することができない。

4  被告千葉県との間の過失相殺について

そこで、さらに進んで、本件事故発生に対する被害者松橋茂俊の前記過失(本件交差点に入ろうとするに際し道路交通法四二条一号によって課せられた徐行義務の履行を怠った過失)を被告千葉県との関係においても斟酌すべきか否かについて検討するに、被告千葉県の本件信号機の信号に対する管理の瑕疵は重大なものであり、これに対し、被害者松橋茂俊の過失は通常の過失であると評価されること、被告千葉県も明示的には過失相殺の主張をしていないことに鑑みると、被告千葉県との関係において被害者の右過失を斟酌することは相当でないというべきである。

5  被害者の損害

(一) 治療費 三九万二四八〇円

(1) 船橋市立医療センター 六万七八八〇円(甲五)

(2) 千葉徳洲会病院 三二万四六〇〇円(甲六)

(二) 逸失利益 五九七一万〇八一七円

被害者は、本件事故当時、航空集配サービス株式会社に勤める三〇才の男子であり、その平成六年の年収は五一〇万四四三一円であったから(甲八)、その生活費控除率を三〇パーセントとして、ライプニッツ方式により逸失利益を計算すると、五九七一万〇八一七円となる(五一〇万四四三一円×〇・七×一六・七一一二)。

(三) 慰謝料 二六〇〇万円

(四) 以上合計 八六一〇万三二九七円

6  被告松本謙市の損害賠償額

(一) 被害者が加害者被告松本謙市に対して請求することのできた損害賠償額は、右八六一〇万三二九七円から過失相殺によりその四〇パーセントを控除した残額五一六六万一九七八円であったから、これから原告らの受領した三〇三九万二四八〇円を差し引くと、残額は二一二六万九四九八円となる。

(二) 弁護士費用 一五〇万円

(三) 原告稗田恭子は被害者の妻であり、原告稗田健也は被害者の子であって、原告らは被害者の損害賠償請求権の二分の一ずつを相続したから、原告らは、各自、一〇六三万四七四九円(二一二六万九四九八円÷二)及び弁護士費用七五万円(一五〇万円÷二)ずつを被告松本謙市に請求し得ることとなる。なお、これは、被告千葉県の後記損害賠償債務と不真正連帯の関係に立つものである。

7  被告千葉県の損害賠償額

(一) 被害者が被告千葉県に対して請求することのできた損害賠償額は前記八六一〇万三二九七円であったが、原告らは既に三〇三九万二四八〇円を受領しているから、残額は五五七一万〇八一七円となる。

(二) 弁護士費用 二五〇万円

(三) 原告稗田恭子は被害者の妻であり、原告稗田健也は被害者の子であって、原告らは被害者の損害賠償請求権の二分の一ずつを相続したから、原告らは、各自、二七八五万五四〇八円(五五七一万〇八一七円÷二)及び弁護士費用一二五万円(二五〇万円÷二)ずつを被告千葉県に請求し得ることとなる。

三  よって、原告らの本訴請求を主文の限度で認容することとし、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条を、仮執行の宣言及びその免脱の宣言につき同法二五九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田敏章)

別紙 〔略〕

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